パルミジャーニ・フルリエというブランドの原点は、クォーツショックの最中の1976年、時計師及び修復師のミシェル・パルミジャーニが、時計の修復を専門とする工房「ムジュール・エ・アール・デュ・タン」を開業したことに始まる。
この工房でミシェル・パルミジャーニは、貴重なアンティーク時計の修復を行う一方で、複雑な時計の設計や製作などを並行して、パテック フィリップ・ミュージアムやシャトー・デ・モンの重要なタイムピースを修復によって名声を高めていく。のちに彼が“神の手を持つ時計師”と呼ばれるようになった所以はここにある。
1978年に入るとミシェル・パルミジャーニは、アンティークのオートマタやクロックの膨大なコレクションを所有するサンド・ファミリー財団からコレクションの管理を任される。そして、財団の後押しと支援を受けて、自身のブランドを立ち上げることを決意する。
1996年、ローザンヌにあるボー・リヴァージュ・パレスにて、パルミジャーニ・フルリエの設立が正式に発表された。デビュー作「トリック QP レトログラード」の登場によって、以降ブランドの美学を象徴するゴドロン装飾とローレット加工が確立する。
1999年、パルミジャーニ・フルリエはマニュファクチュール化へ向かって大きく舵を切った。同年の5月には、サンド・ファミリー財団が、精密機械加工と手仕事の職人技を併せ持つ高級時計のケースを製造する名門工房「レ・アルティザン・ボワティエ」社を買収。
2001年、パルミジャーニ・フルリエのウォッチメイキングセンターが、輪列、カナ、微小な歯車の専門メーカーである「アトカルパ」を統合して、拡大を果たす。ムーブメントを最高水準の技術と仕上げで開発することを使命として、2003年に「ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ」を設立。その研究開発部門は、複雑なキャリバーを数多く製造する役割を担っている。
2005年には、テンプ、ヒゲゼンマイ、アンクル、ガンギ車の量産化に成功。同年のその直後に、精密な旋盤加工のリーディングカンパニーであるエルウィンがウォッチメイキングセンターに加わり、機械式ムーブメントのすべてのハードウェアが供給で可能になった。さらに同年、パルミジャーニ・フルリエのウォッチメイキングセンターは、ギョーシェ彫り、防食加工、電着、プリント、エングレービングで並ぶもののいないダイヤルメーカー、「カドランス・エ・アビヤージュ」を設立する。
マニュファクチュールとしての体制が整ったパルミジャーニ・フルリエは、複雑機構を中心にコレクションの幅を広げ、ブガッティとのコラボレーションなどの新たな挑戦を次々と成功に導き、時計業界での地位を固めていく。
近年、さらなるブランドの発展へ繋がったのが、2020年に発表されたメゾンでは初となるスポーティウォッチ「トンダ GT」のヒットだろう。同年にパルミジャーニ・フルリエは世界初のイスラム太陰暦の腕時計、「トンダ ヒジュラ パーペチュアルカレンダー」で、ジュネーブ時計グランプリのイノベーション賞を受賞、そしてジョルジオ・アルマーニとのコラボレーションも話題をさらった。
2021年には、ブルガリのウォッチメイキングのレベルを飛躍的に高めた功労者のひとりであるグイド・テレーニ氏がCEOとして参画。氏はメゾンのレガシーを継承する一方、現代に適したラグジュアリーなコレクションを手掛けることに力を注いでいる。その最たる象徴が、複雑機構のコレクション「トンダ PF」である。クラフトマンシップとコンテンポラリーな感性が同居するコレクションは、世界中の時計愛好家を虜にしている。
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パルミジャーニ・フルリエ
トンダ GT アイスブルー
パルミジャーニ・フルリエ
トンダ GT クロノグラフ
パルミジャーニ・フルリエ
トンダ GT クロノグラフ
パルミジャーニ・フルリエ
トンダ GT クロノグラフ
パルミジャーニ・フルリエ
トンダ PF フライングトゥールビヨン
パルミジャーニ・フルリエ
トンダ PF マイクロローター
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