DOXA伝説のダイバーズ・ブランド「ドクサ」がついに日本市場への本格参入を宣言 04
優れた時計師ジョルジュ・デュコマンにより
1889年に始まった「ドクサ」の歴史
時計メーカー「ドクサ(DOXA)」が誕生したのはスイス時計産業の発祥地である、ジュラ山脈の奥深くに位置する小さな町ル・ロックル。13人兄弟のひとりであるジョルジュ・デュコマン(1868-1936)は、1880年、12歳で地元の老舗時計職人のもとで徒弟修行を始めた。当時、彼の家は裕福ではなく、家計を支える必要があるため時計師の見習いとして働き始めたという。しかし勤勉で真面目な性格のジョルジュは、機械の精度と美しさへの情熱を抱き、やがてその技術が高く評価され、一人前の時計職人として独り立ちをするのである。
それは1889年。21歳になったジョルジュは独立し、自宅に小さな時計工房を開設。しかし彼の卓越した技術は時計の組み立てと販売というビジネスを順調に発展させ、1895年、彼は正式に時計製造会社を設立して登記。その時の名称が「ジョルジュ・デュコマン ファブリク・ドクサ」である。
この「DOXA」という名前は、ギリシャ語で「栄光」を意味する言葉に由来し、創業者ジョルジュ・デュコマンは、この言葉に贅沢さではなく、スイスの精密技術を身近で実用的なものにしたいという野心を象徴していたといわれている。
独創性に溢れた開発で
着実に成長を遂げた創業期
自宅の工房からスタートした「ドクサ」だったが、事業は急速に拡大し、後にゼニスとして知られることとなるジョルジュ・ファーブル・ジャコ(ゼニス創業者)工場にほど近いビヨド通り28番地への移転を果たす。
そして1907年、「ドクサ」は8日巻きの長いパワーリザーブを実現した時計ムーブメントの特許を取得。この画期的な発明は好評を博し、自動車のダッシュボードなどにも採用された。特に耐振動性と長時間の駆動を要求した名車「ブガッティ」の標準装備となり、その評価を確かなものとした。このような自動車用の時計や計器の製造を担ったことは、「ドクサ」が懐中時計や腕時計以外の計時ソリューションの分野に初めて参入したことを示すものとなった。
事実、「ブガッティ」に採用された後には他の自動車ブランドの計器盤にも「ドクサ」が搭載され、その後には船舶や航空機にも搭載されることとなったのである。
やがて1936年にジョルジュが亡くなると、義理の息子(ジョルジュの娘エレーヌの配偶者)であるジャック・ナルダン(ユリス・ナルダンの孫)が経営を継承。「ドクサ」は旅行用やスポーツ用の時計に注力しつつ、あらゆる顧客層に向けた時計の開発を継続し、アラームウォッチやリング(指輪)ウォッチ、カレンダー表示付きモデルやジャンピングアワーなどを次々に開発し、新たな顧客層の獲得に成功した。
創業家にゆかりの深い
ル・ロックル時計博物館

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ル・ロックルの町を見下ろす小高い丘に建つ白く美しい邸宅。それがかつて「ドクサ」創業家のデュコマン家が暮らし、現在は時計博物館となった「シャトー・デ・モン」である。18世紀末に畑や牧草地を備えた夏の別荘として作られたが、デュコマンは有名時計企業の当主の邸宅にふさわしく美しく改装され、今では世界から訪れる時計愛好家を迎えている。
Musée d’horlogerie du Locle Château des Monts
Rte des Monts 65 CH-2400 Le Locle
https://www.mhl-monts.ch/
Photo/Masaharu Nabata
ここでちょっと横道に逸れるが、「ドクサ」創業者ジョルジュ・デュコマンにゆかりの深い建築を紹介したい。それが現在、スイスのル・ロックル市が運営する「Musée d’horlogerie du Locle Château des Monts(ル・ロックル時計博物館 シャトー・デ・モン)」である。
この建物は時計職人サミュエル・デュボワが1780年から1790年の間に夏の別荘として建てたもの。当時の書類には「牧草地、畑、放牧地、庭園、貯水槽、地下室、水飲み場、丘の中腹に建てられた3軒の家、そして洗濯小屋」と記載されているという。それが1912年に売りに出され、取得したのが「ドクサ」創業者ジョルジュ・デュコマン。彼は大幅な改築を施し、農家と付属建物を撤去。邸宅は拡張され庭園は英国式となった。内装も彼の好みに合わせて改装されたが、先代所有者への敬意を表し壮麗なサロンはそのまま残されたという。
一方、時計製造発祥の地として知られるル・ロックルでは、町に伝わる時計の歴史的収集品を展示する「珍品陳列室」を1849年に開設。1858年には、それが工業学校に移管され、1868年にはル・ロックル時計学校に移された。
やがて第二次世界大戦終結後、これら収蔵品は木箱に詰められたが、スペース不足のため再展示は難航。だが1954年にル・ロックル市が「シャトー・デ・モン」を取得したことで、この問題が一気に解決。5年後に、ル・ロックルの町を見下ろす高台にある瀟洒な邸宅は時計博物館へと改装され、1959年5月23日に公開された。
現在、この博物館は時計愛好家、専門家、この地域を訪れる観光客にとって必見のスポットとなっている。3階建て、9つある展示室には、時計製造に関する展示品はもちろん、時計産業以前に人々の冬の生活を支えたレース編みの展示や、デュコマン家の人々を楽しませた美しく豪華な邸宅の内部が公開されている。時計愛好家、そして「ドクサ」の歴史に興味を持つすべての人にとって、何度でも足を運ぶ価値のあるスイス随一のミュージアムなのである。
ミッドセンチュリーに華開いた
スイス・ミニマリズムの象徴

1957年に発表された「DOXA Grafic」は、ドイツの美術学校「バウハウス」の精神にインスパイアされたシンプルかつミニマムなデザインの角型ウォッチ。シルバーあるいはブラックをベースに放射状のラインを引いた印象的なダイアルが特徴。10時と11時の間に設けられた丸い日付表示窓も特徴のひとつ。この他、ローマ数字や植字インデックスなど、多彩なバリエーションが製作された。
第二次大戦中はパイロット用クロノグラフや、文字盤にラジウム塗料を用いたミリタリーウォッチなどを軸として生産を続けてきた「ドクサ」だったが、大戦後は世界的に一般向け腕時計の需要が高まった。
この需要に応えて「ドクサ」もシンプルな三針表示の腕時計を生産し世界に供給するが、1957年にはバウハウスのスタイルにインスパイアされた、シンプルかつモダンで、装着感に優れる角型のドレスウォッチを発表する。それが「DOXA Grafic(ドクサ グラフィック)」だ。
極限まで削ぎ落とされたシンプルさを極めた文字盤とスクエアな幾何学的デザインが際立つこのモデルは、ミッドセンチュリー(20世紀半ば)のスイス的ミニマリズムを最も洗練された形で表現したモデルを代表作として、今も語り継がれている。
科学的アプローチから生まれた
「SUB 300」のオレンジ・ダイアル

1960年代半ば、「ドクサ」はダイビング愛好家やプロフェッショナルなダイバーのための本格ダイバーズウォッチの開発に着手。ダイビングの先駆者であるクロード・ウェスリーに協力を求め、ニューシャテル湖で文字盤の視認性に関する実験を行う。これによりオレンジ色が水中での視認性に優れることを発見。1967年発表の「DOXA SUB 300」に、このオレンジ色の文字盤が採用された。ちなみにクロード・ウェスリーは1962年にフランスの海洋学者ジャック=イヴ・クストーが行った人類初の海底居住実験「プレコンタクト計画」に参加し、世界で初めて水中で生活し作業を行った潜水界のレジェンド。2019年没。
やがて1966年、「ドクサ」は深海へと目を向け、ダイビング界のレジェンドであるクロード・ウェスリー(Claude Wesly)と協力。エンジニアのウルス・エシュレは、スイス・ニューシャテル湖にさまざまな色の文字盤を沈めて視認性実験を行い、最終的に当時は異例だったオレンジ色が水中での視認性にもっとも優れていることを証明した。
これを受けて1967年、「ドクサ」はプロ仕様の本格ダイバーズウォッチ「SUB300」をバーゼルフェアで発表。このモデルは、特許を取得した米国海軍の無減圧表示が施された逆回転防止ベゼルと、先ごろの実験で証明された視認性に優れるオレンジ色の文字盤を装備する、一般に向けた初のプロ仕様ダイバーズウォッチとなった。
さらに翌1968年にはヘリウムエスケープバルブを搭載した最初のダイバーズウォッチのひとつといわれる「SUB 300T コンキスタドール」を発表。プロフェッショナルな潜水士が行う飽和潜水に対応したこのモデルは、深海での減圧潜水において比類のない安全性を提供。同時に鮮やかなオレンジ色の文字盤と堅牢な構造により、瞬く間に人気モデルとなった。
これと同時期に「ドクサ」は、スイス陸軍のエリート・ダイバー部隊に「DOXA SUB 300T Professional」を供給。これにあわせて軍用ダイバー向けに設計された「Army」ウォッチも市販された。
だがその後、1970年代のクォーツ・ショックの影響を受けて「ドクサ」の活動も低調となるが、1997年にジェニー家がブランドを取得し、「ドクサ」の本社はスイスのビール/ビエンヌに移転。新しいオーナー企業は「ドクサ」のDNAを継承しつつ、かつての人気モデルを復活させてブランドを活性化する方法を選び、2000年代初頭までに、伝統のフォルムに最新のスイス製自動巻きムーブメントを装備する「SUB 300T」や「1200T」などのモデルの販売を開始した。
そして2019年、ロメオ F. ジェニーが「ワルカ グループ」の取締役会会長に任命され、いくつものラグジュアリー時計ブランドで輝かしい成果をあげたヤン・エドクスが「ワルカ グループ」の取締役兼「ドクサ」のCEOに任命されたのである。
構成・取材・文:名畑政治(TOP、P.1-P.4) / Composition, Report&Text:Masaharu Nabata , Katsuyuki Tanaka
写真:高橋敬大(P.1-P.3) / Photos:Keita Takahashi
INFORMATION
ドクサ(DOXA)についてのお問合せは・・・
株式会社 大沢商会 時計部
〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町1-7
TEL: 03-3527-2682
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