Furlan Marriヴィンテージの極意は薄さにあり”。ベテランから入門者まで全時計愛好家を魅了する「ファーラン・マリ」 01
2021年の創業年にいきなりGPHG受賞という大快挙!
クォーツに機械式モジュールを組み合わせ、クロノグラフ針のスイープ運針を実現したメカクォーツ。ファーラン・マリのクロノグラフは、現在のところすべてセイコー社製メカクォーツ・ムーブメント、Cal.Seiko VK64を採用する。写真は「アルデシア・ブルー」。「メカクォーツはスイスと日本で開発され、その結果、日本が勝利しました。私はその物語性を大切にしたいのです」と、ファーラン・マリの共同創設者であるアンドレア・ファーラン氏は述べる。同時にメカクォーツは、彼らの時計製造哲学である“適正価格”の実現にも最適なムーブメントと言える。また38mmというケース径は昨今の時流に乗じた訳ではなく、自らの時計製造哲学“ヴィンテージ”に基づいた上で算出されたサイズだ。
スイスにおける時計精度検定競技の礎は、1860年のニューシャテル天文台と1872年のジュネーブ天文台に始まった。後に腕時計の精度コンクールとして刷新し、復活したのは1948年とされている。しかし競争の激化は1950年代後半頃からで、各社はしのぎを削った。これを根底からひっくり返したのがクォーツである。交流電圧をかけると、一定周期で規則的な振動を起こす水晶(クォーツ)の特性=「クォーツの圧電効果」を発見したのは、ジャックとピエールのキュリー夫妻で1880年のことだ。これを時計へ初めて応用し最初のクォーツ時計を製作したのが1927年、米国・ベル研究所のウォーレン・マリソン(Warren Marrison)とJ.W.ホートン(J.W.Horton)。日本では1932年に、電気通信工学者であり東京工業大学および東京大学名誉教授の古賀逸策(こが いっさく)が発明した。
前述の機械式時計による精度競争に終止符を打ったクォーツ時計の開発は、スイスと日本等が競うことになる。その結果、1967年にスイス電子時計センター(CEH=Centre Electronique Horloger)が「Beta」、日本のセイコーが「アストロン」のプロトタイプを発表、結果として1969年の「セイコー アストロン」が世界初の市販クォーツ腕時計の発表に成功する。
クォーツ時計の最大の視覚的特徴は、省電力化のために秒針が1秒刻みに進む“ステップ運針”にある。これは振り子時計の1秒刻みの運針と同様で、機械式ではデッドビート・セコンド等で実現がなされていた。
しかし、ステップ運針の運動を“時とは滑らかに流れるもの。ひとつ進んではひとつ止まるステップ運針は、時の流れを感じさせない”という意見が出てきた。これは感覚的かつ感情的なものだが、それだけ時計とは、時の計測という計器以上のファンタジーを生み出すモノなのだろう。そんな時計愛好家の感情とは無関係と思われるが、クォーツ・ムーブメントに機械式モジュールを組み合わせる試みはクロノグラフで実現した。1980年代後半と言われている。この新奇な時計駆動形式は“メカクォーツ・クロノグラフ”と呼ばれる。市販モデルに搭載されたのは1990年代後半、ジャガー・ルクルト社のCal.630とフレデリック・ピゲ社のCal.1220もしくはCal.1270で、前者はIWC、ポルシェ・デザイン、ジャガー・ルクルト等、後者はブライトリング、オメガ、チューダーに搭載された(以上、参考文献:『Time and Tide』『reddit』)。クォーツと機械式のハイブリッド機構といえば、日本のセイコーが1999年に「スプリングドライブ」を初めて製品化しているが、これとは別に“VK”ラインというメカクォーツ・クロノグラフムーブメントが存在する。機械式のスイープ運針を楽しめると同時に、価格(他社への販売価格)も抑えられているのが強みだ。
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2021年の創立時に発表し、同年のGPHGで“Horological Revelation Prize(オロロジカル・レヴェレイション賞。“時計製造の革新”賞)”を受賞した「Mr.Grey(ミスター・グレイ)」(Ref.1041-A)。淡いグレーのツートーンダイアルとストラップで全体の色調を統一した、ケレン味の無い粋なセンスが光る。まさに衝撃的なデビューモデルである。SSケース(316L)、ケース径38.0×厚さ11.5mm。メカクォーツ、Cal.Seiko VK64。50m防水。
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2021年のGPHG授賞式でのツーショット。左側がサウジアラビア出身のハマド・アル-マリ氏。彼自身は時計コレクターでありアーティストでもある。右側がスイス出身のアンドレア・ファーラン氏。彼はスイス名門のローザンヌ州立美術学校(ECAL:École cantonale d'art de Lausanne)を卒業したインダストリアル・デザイナーだ。クラウドファンディングの“キックスターター”で資金調達した初回は、わずか35秒で目的を達成。この短さは世界の時計愛好家・コレクターによる注目度の高さを物語っている。
このセイコー社製メカクォーツ・クロノグラフを採用し、創業した2021年のGPHG(Le Grand Prix d'Horlogerie de Geneve:ジュネーブ時計グランプリ)において、いきなり“Horological Revelation Prize(オロロジカル・レヴェレイション賞。“時計製造の革新”賞)”を受賞した工房がある。スイス出身のアンドレア・ファーラン(Andrea Furlan)氏とサウジアラビア出身のハマド・アル-マリ(Hamad Al-Marri)氏が創設した、ファーラン・マリ(FURLAN MARRI)だ。受賞モデル「Mr.Grey (ミスター・グレイ)」(Ref.1041-A)は、60分積算計(9時位置)と24時間表示計(3時位置)を装備するツーインダイアル・クロノグラフ。淡いグレーを基調とするツートーン・カラーのダイアルに、ピストン型プッシュボタン、直線的なローマ数字で表した12時と6時以外はバーインデックスを配置。つまり1940年代~1950年代の古典時計を範とした通好みのクロノグラフで、昨今の時計製造の流行とも言えるネオ・ヴィンテージスタイルである。これが時計愛好家の琴線に触れる、実にツボを得たデザインにまとめられている。余計な要素(日付表示など)を排除している点に、ファーラン・マリの古典時計に対する教養の深さとセンスの良さを感じた。しかし、意外な印象を受けたのは前述した搭載ムーブメントだ。普通ならばETA等の汎用ムーブメントか、あるいは高額になるものの自社製造という冒険に出るか、というところ。しかしファーラン・マリが選択したのはセイコー製VK64クロノグラフ・キャリバー、つまりメカクォーツ・ムーブメントである。なぜ彼らはこの選択に至ったのだろう?
メカクォーツの物語性を大切にしたいのです
「そもそも私には、メカクォーツのストーリーを大切にしたいという想いがあります。メカクォーツは元々スイスで発案されて、ジャガー・ルクルトなどが開発しましたね。一方で、完全に独立した形で日本のメーカーも開発しました。このようにスイスと日本で作られて、最終的には日本が勝利しました。このストーリー性を私は大切にしたいと考えて、メカクォーツラインの製造に至りました」(アンドレア・ファーラン氏。以下、ファーラン氏)
現在のファーラン・マリのコレクションを分析すると、計3コレクション4型のタイプに分類できる。
まず、「メカクォーツ」クロノグラフ・コレクションからは2型が用意され、ひとつは9時位置に60分積算計のみを装備するタイプ(代表モデル:「ネロ・サッビア<Nero Sabbia>」「アルデシア・ブルー<Ardesia Blue>」。Cal.Seiko VK64搭載。ケース径38mm)。そしてもうひとつは、GPHG2021受賞モデル「Mr.Grey」と同型で、9時に60分積算計と3時に24時間表示計とを装備するツーインダイアル・タイプだ(代表モデル:「カスターニャ<Castagna>」「サッビア・ローザ<Sabbia Rosa>」「ロッソ・グリージョ<Rosso Grigio>」。Cal.Seiko VK64搭載。ケース径38mm)。
次に機械式では2型が用意される。まず手巻き式では、6時位置にスモールセコンドを配するプゾー製Cal.7001搭載の「ディスコ・ヴォランテ(Disco Volante)」コレクション(代表モデル:「ディスコ・オニキス・ダイヤモンド<Disco Onyx Diamonds>」「ディスコ・ヴェルデ<Disco Verde>」「ディスコ・セレステ<Disco Celeste>」。Cal.Peseux 7001搭載。ケース径38mm)。
方や自動巻きのタイプにはラ・ジュウ・ペレのCal.La Joux-Perret G100を搭載する中3針タイプの「コルヌ・ド・ヴァッシュ(Cornes de Vache)」コレクションが用意されている(代表モデル:「ブルーセクター<Blue Sector>」「サーモン・セクター<Salmon Sector>」。Cal.La Joux-Perret G100搭載。ケース径37.5mm)。
(※ここでひと言お断りをしておきたい。毎回の生産ロット数が限定されているファーラン・マリは、世界中の時計愛好家が注目する高人気ブランドのため、いわゆる“完売速度”が実に速い。よって当記事で紹介するモデルも、すでに完売品か常時“売り切れ御免”の状態にあることをあらかじめご理解頂きたい)
当ページと次ページでは代表的なモデルを紹介しているが、基本的には上記4型のバリエーション・モデルである。搭載ムーブメントは、メカクォーツではセイコーの1型、機械式ではプゾーとラ・ジュウ・ペレの計2型を採用している。
メカクォーツ・クロノグラフの採用に関して、そのスイープ運針が好きなのですか、と尋ねると、
「自分としては、“機械式時計の感覚を人に与える”ということを大切にしています。高額な機械式時計を購入できない方でも、機械式時計の感覚を味わえることがメカクォーツを採用した理由のひとつです」(ファーラン氏)
機械式では自動巻き中3針モデルにラ・ジュウ・ペレのキャリバーG100の採用が見られるが、当社はワンプッシュ・クロノグラフも製造している。このムーブメントのことを何気なく訊ねたら、その回答に彼らの時計製造哲学を知ることになった。
「ラ・ジュウ・ペレのワンプッシュ・クロノグラフは認知していますが、採用していないのは“厚み”です。我々は“ヴィンテージ感”を大切にしており、そのために過去のアーカイブを参考にしています。(その結果として分かることは)昔の時計は薄いのです。だから我々は“薄さ”にこだわります。自分たちのデザイン美学では“厚み”は出したくないのです」(ファーラン氏)
“薄さ”についてファーラン氏とマリ氏は徹底したこだわりがある。他に手巻き式のモデルではプゾーの7001キャリバーを採用しているが、これについても、
「プゾーを採用した理由は、信頼性と“厚み”ですね。厚さが2.5mmしかないということは、薄さということで(搭載条件等に)柔軟性があります。一方の(自動巻き中3針モデル用に搭載される)ラ・ジュウ・ペレは、約68時間のパワーリザーブ機能を評価して決定しました」(ファーラン氏)
また薄さと関連してケース径にも彼らは己流の主義を通しており、基本サイズは38mm(1モデルのみ37.5mm)。1940年代~1950年代の男性用腕時計のケースサイズは大体のところ36mm(時計によっては34mm)というのが普通。昨今の時計界では38mmのケース径が主流となっているが、ファーラン・マリの場合は決して時流に乗ったわけではなく、自らの時計製造の礎となるヴィンテージ思想を反映させているだけだ。
忘れてはならないのが、彼らが“薄さ”と同時に“適正価格”ということも重要視している点だ。そのために割高になる機械式クロノグラフ汎用ムーブメントの採用も、ましてや自社キャリバーの開発も当初より選択肢に入れていなかったのだろう(本人たちに確認は入れていない)。公式HPによると、前述の手巻き式プゾー7001を搭載した「ディスコ・セレステ」は、2500スイスフラン(CHF)。この原稿を書いている2025年12月初旬の為替レート、1スイスフラン=194.08円では約48万5200円になる。また、ラ・ジュウ・ペレ G100採用の自動巻きモデル「ブルーセクター(Blue Sector)」の価格は1250CHFで、約24万2600円。これらの価格なら、時計を愛する“普通の勤め人”でも射程距離内だろう。適正価格を考慮すると、メカクォーツ・クロノグラフの存在意義が出てくる。こちらではモデルによって、なんと146,300円(税込)という設定である。昨今の機械式時計の高騰ぶり(ましてやクロノグラフを言わんおや)に頭を痛めている時計愛好家にとって、これは朗報だ。
「自分としては“機械式時計の感覚を人に与える”ということを大切にしています。高額な機械式時計を購入できない方でも、機械式時計の感覚を味わえることがメカクォーツを採用した理由のひとつです」(ファーラン氏)
過去3年間(おそらく創業した2021年の翌年である2022年初頭から2024年の終わりまで)で、3万5000本の時計を世界中の顧客に向けて販売したファーラン・マリ。その顧客層は実に幅広いという。
「余り予算的に余裕のない若い方から我々の時計を購入したい、と言われたり、世界的に著名なコレクターの方も我々の顧客にいらっしゃいます」(ファーラン氏)
彼らは2020年頃から注目を集めているマイクロブランドであり、かつネオヴィンテージを標榜する有力な小規模工房のひとつである。次ページでは、アンドレア・ファーラン氏とハマド・アル・マリ氏のプロフィールから、ファーラン・マリの時計製造思想を紹介する。
取材協力:ヒラムパートナーズ Special thanks to:Hiram Partners
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