ムーブメント仕上げの定番と言えば、古典的な波模様の“コート・ド・ジュネーブ”が有名だが、カール F. ブヘラ(以下CFB)では、プレートを上層と下層に分けて仕上げも変化させるという特別なデザインを考案した。このデザイン最大の目的は、ムーブメントをできるだけ美しく見せるということにある。しかし、これだけ特殊な形状となると仕上げは非常に難しい。
まず下層部分を削り出すのだが、凹面になっているため最終的に表面を磨いて綺麗にすることができない。つまり繊細かつ丁寧に作業を行う必要がある。
機械の跡を残さぬように仕上げたあとは、最後にサンドブラスト加工で全体をマットに仕上げる。そしてブリッジの上層部分のみを特別なサンドペーパーを使って細かいヘアラインに仕上げ、最後に面取りをダイヤモンドカットで仕上げてようやく終了。金属パーツの表面に行うめっき仕上げも、通常使われるニッケルではなくロジウムめっきを施して、明るく白っぽいシルバー色に仕上げている。
非常に手が込んでいるが、だからこそ見て楽しいムーブメントデザインが完成するのだ。
圧倒的に高精度なクォーツ式ムーブメントが登場して以来、機械式時計に“精度”を求める人はほとんどいなくなった。ましてや現在は、定期的に標準電波を受信して時刻の自動修正を行う電波時計も作られている。つまり機械式時計おいて“精度”は絶対的な価値ではない。
しかしそれでもなお、時計メーカーが精度を追求するのは、時計=時刻を知るための道具という大前提を失いたくないからだろう。時計をアクセサリーとして楽しむ人が増えているが、それでも時計は時計なのである。
CFBではCal.CFB A1000にて、セントラル・デュアル・アジャスティング・システムという新方式を考案した。これはヒゲ棒の位置(歩度)とヒゲ持ちの位置(ビートエラー)の2つを、ベストな位置に決めた後に、センターのネジで一気に固定させてしまうというシステムである。
もちろん熟練職人による調整は必要になるが、一度精度を決めてしまえば、あとは精度調整に関する部分をがっちりねじ止めしてしまうため、その後の調整が不要になる。さらに多少の衝撃でも位置がずれない=衝撃に強くなる=精度も守られるという点もメリットである。
安定した精度と職人技術への敬意は払いつつ、実用的な進化を追求するのがCFBの姿勢なのである。
そもそもローターは巻き上げ効率向上のため、どのムーブメントパーツよりも重く作られている。そのため加速がついて激しく回転したり、強い衝撃が加わったりすると、回転力や遠心力によってローターが破損し、ムーブメントにもダメージを与えてしまうことがある。
つまり、ローターは弱いのである。そのため従来型のムーブメントは、硬い金属で軸受部品を製作していたが、この方法では軸受の摩擦が高くなってしまう。そこでCFBでは摩擦を少なくしつつローターを守る方法として、ペリフェラルローターを3つのピンで支えるという、ダイナミック・ショック・アブソーバー(DSA)システムを考案した。
3つのピンは直径0.4mmのセラミック製ボールベアリングと組み合わせており、さらにピンとローター全体が動くようにしている。そのため、衝撃を受けてもローターが脇に寄せるように動いてブリッジや地板に当たるので、結果ピンには負荷がかからずダメージも受けないのだ。
実は時計業界では以前からペリフェラルローターを実用化させようという動きがあった。しかし名門マニュファクチュールでさえも、結局は実用させるまでには至らなかった。
やはりペリフェラルローターの実用化は非常に困難なのだ。だからこそCFBの技術者たちは、ペリフェラルローターの弱点や実用化できなかった理由をあぶり出し、その問題に挑戦をすることを望んだ。耐衝撃機構としてDSAシステムを組み込んだのもその一例である。
ローター全体で3gと軽量化でき、かつ3つの柱で支えているので負荷がかからず耐久性がある点。または両方向で巻き上げ効率がよい(4時間でフル巻上げ)という点も、ペリフェラル型にした機械構造的なメリットとして挙げられる。
しかしペリフェラルローターの最大のメリットは、ムーブメントがよく見えるということに尽きるだろう。時計愛好家の中には、「自動巻きローターのせいでムーブメントが見えない」と不満を抱く人も少なくないだけに、ペリフェラルローターがもたらす“素晴らしいムーブメントビュー”は評価に値するだろう。また両面にモジュールを搭載できるのも、展開次第では大きなメリットになるだろう。ペリフェラルローターを上手に料理できれば、今後のCFBの時計たちは、かなりバリエーション豊かに広がっていくだろう。
Cal.CFB A1000は、今後のCFBの時計戦略を支えるために生まれたベースムーブメント。これをベースに様々なモジュールを組み込んでいくため、何よりも汎用性が大切だ。
そこでCal.CFB A1000の厚みは4.28mmしかない。いくらムーブメントの周囲を回転するペリフェラルローターを採用しているとはいえ、自動巻きムーブメントの厚みとしてはかなり優秀。これならモジュールを追加させても、ムーブメントは極端に厚くならずに済むだろう。
ちなみに2009年に発売されたデイデイト用ムーブメントCal.CFB A1001の場合は、デイデイト・モジュールの厚みが2mmなので、合計の厚みは6.28mmに抑えている。
トルクが高いというのもCal.CFB A1000の特徴だ。パワフルなので様々な機構のモジュールを搭載でき、駆動させるのも効率的。またパワーリザーブも約55時間と長めに設定している。
そして何よりもユニークなのが、ムーブメント裏側をローターが覆わないペリフェラルローターなので、裏側にもモジュールを組み込むことが可能だということ。モジュールでベースムーブメントをサンドイッチするとは何と大胆な設計だろうか。
あくまでも理論上では、との注釈つきだが、なんとも夢のある話だ。つまりCal.CFB A1000とは、CFBの輝かしい未来を予感させるベースムーブメントなのである。
時計が時刻を知るための道具であるという大前提を大切にするなら、何よりも尊ぶべきは視認性。いつでも時刻を読みやすいというのが、最も重要な実力なのだ。
「パトラビ エボテック デイデイト」のダイアルデザインは、高い視認性を確保するために考案された。大きな時分針と太いバーインデックスはもちろんだが、11時位置にあるビッグデイトも重要だ。複数のディスクを使って大きく日付を表示するため、素早く目に入り必要な情報を教えてくれる。
さらにビッグデイトの位置も視認性を考慮した結果だ。他社の多くのビッグデイトは12時位置にあるが、この場合、時分針が重なった時にカレンダーが見にくくなる。その点11時位置なら時分針が重なることがほとんどないため、表示を隠すことが少ない=見やすいのだ。
では9時位置の曜日表示に理由はあるのか? これは3時位置でもいいはずだ。実はこのモデルを開発している時点で、既にパワーリザーブモデルの開発も同時に進行していた。つまり、すでに予定していたパワーリザーブ表示のために3時位置のスペースは空けていたのである。
初の自社ムーブメントが完成したからといって、誠実な時計作りで知られるCFBが突如奇をてらったモデルを作るのは不自然である。第一弾モデルとして実用的なデイデイトを選択したのは、CFBらしい賢明な選択だろう。
では第2弾として2010年に発表されたモデルは、なぜパワーリザーブだったのか? 実はパワーリザーブ表示は、ユーザーからの要望が多い機構なのである。
ではなぜ駆動ゼンマイのパワー残量を、定番の針式でなく、スライダー式にしたのだろうか。そしてここにはどのようなメリットがあるのだろうか?
CFBのデザイナーはまず、パワーリザーブ表示の読みやすさを重視した。スライダー式のインジケーターは針よりも太くてくっきりしているため、確実に読み取ることができる。しかもインジケーター・ディスクが赤く塗られているため、さらに見やすいデザインになっている。
パワーリザーブ機構自体は珍しくはないが、見慣れた機構だからこそ視認性を高める工夫を加えるというのが、CFBらしい誠実さなのである。