今さら改めることでもないのだが、時計は時間を知るために存在する。だからデザインや機能にはある程度の制約ができ、多少の個性の差はあるとしても、“時計としてあるべき姿”に収斂されていく。これは自動車や家電にも当てはまる、実用系プロダクトデザインの越えられない壁である。
しかし“時間を知る必要がない時計”が存在したらどうなるだろうか。そう考えた瞬間から、クリエイティビティに限界は無くなる。
ヴァン クリーフ&アーペル(VAN CLEEF & ARPELS)は、パリを代表するハイジュエラーである。つまり美しいモノを作ることが本業ということだ。
そこで彼らが立ち上げたコンセプトが、「ポエティック コンプリケーション」。つまり時刻を表現するのではなく、詩的な世界を表現するための複雑機構を開発し、流れる時を楽しむこと自体に価値を作り出すのだ。
ヴァン クリーフ&アーペルでは、時計の上にパリの夜空を再現し、橋の上でキスをするカップルを表現し、妖精が時刻を告げ、離れ離れになった恋人たちの気持ちを代弁した。
もはやこれらを“時計”を表現するのは難しい。アートであり、からくり人形であり、物語として存在しているのである。
今年、ヴァン クリーフ&アーペルが時計の姿を借りて表現したのは、ロマンティックな宇宙の姿。『ミッドナイト プラネタリウム(Midnight Planetarium)』は、太陽の周囲を巡る惑星たちの姿をダイアル上で立体的に表現しており、見る人の心を弾ませる。正確な時刻を読み取ることは難しいが、それ以上に宇宙の神秘を楽しむためのエッセンスが詰まっているのだ。
ここ数年、時計業界では保守的なモデルが増えている。しかし時計はアクセサリーでありロマンティックな価値も必要だ。ヴァン クリーフ&アーペルは、それを気付かせてくれる稀有な存在である。