ファッションやインテリア業界では、デザイナーこそが最大のスターであり、購買意欲を刺激する存在である。しかし時計業界ではデザイナー自身にスポットが当たることは滅多にない。商品こそが最大のスターであり、時計デザイナーの多くはインハウスで、匿名性を保ったまま仕事をしているのだ。
そんな環境と相関関係があるからだろうか、高級時計のデザインはどうしても画一化する傾向にある。"時計とはこうあるべき"という前提に自縛されてしまい、アグレッシブなデザインに手を出しにくいのだろう。気がつくと〈過去のアーカイブを引用〉した時計や〈アールデコをモチーフ〉にしたデザインばかりが目立つようになっている。
だからこそエイチ・ディー・3 コンプリケーション(hD3 Complication COMPLICATION)の存在感が際立ってくる。このメーカーはヨルグ・イゼック(Jorg Hysek)を中心に、ヴァレリー・ウルセンバッハ(Valerie Ursenbacher)、ファブリス・ゴネ(Fabrice Gonet)という3名のデザイナーによって運営されている。"hD"とはHigh Designの意味であり、時計の枠に収まらない圧倒的なデザイン力で勝負している稀有なスイスメーカーだ。
3名のデザイナーは時には共作し、また切磋琢磨しあいながら、まだ見ぬ時計デザインを模索する。もちろん時計の製作自体は外注しており、新作「ラプター・クロノ(RAPTOR CHRONO)」の場合は、ジュネーブに拠点を持つ「マグマ・コンセプト(Magma Concept)」がムーブメントを製作している。優れたサプライヤーとの緊密な関係を築くことでデザインに専念できるのだ。
世の中には「人と同じ時計はいらない」という富裕層がたくさんいる。hD3の時計は、そんな彼らの我儘な趣向を満たしてくれる稀有な存在なのだ。
取材・文:篠田哲生 Report&Text:Tetsuo Shinoda
写真:堀内僚太郎(Storm) Photos:Ryotaro Horiuchi(Storm)
※表記は2010年3月現在のものになります。