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Watch Brand exhibition Report時を巡る旅2020「変革の時を迎えた時計見本市の未来展望」 01

ビッグ・ブランドの撤退で露呈した
巨大時計見本市の問題点

スイスを代表するラグジュアリーウォッチ・ブランドのひとつパテック フィリップのブース(2018)

スイスを代表するラグジュアリーウォッチ・ブランドのひとつパテック フィリップのブースもメインホール中央通路右側にあった。壮麗なガラス張りブースには同社が生産するムーブメントなどが展示され、年に一度、短期間の見本市のためとは思えない豪華さ。


「来るべき時が来た!」そう思った方もいたに違いありません。すでに本誌で紹介した通り、2021年1月に延期されたバーゼルワールドから時計界を代表するビッグ・ブランドの撤退が4月半ばにあいついで発表されました。その流れを、まずはおさらいします。

 2020年4月14日、ロレックス、チューダー、パテック フィリップ、シャネル、ショパールがバーゼルワールドからの離脱を発表。これらのブランドは2021年1月のバーゼルワールドには出展せず、同年4月上旬に新たな時計見本市をジュネーブで共同開催するというのです。同時にバーゼルワールド事務局(MCHグループ)も声明を発表。これには「バーゼルワールド2020のやむを得ない延期と新しい開催日は、主要な出展者と共同で定義されました。(中略)現在、ロレックスを含む移行を表明している企業は、2021年1月への延期を支持しました」とあります。脱退表明ブランドが「延期を事務局が一方的に決めた」としているのに対し、事務局は「協議の上で決まったこと」と反発しているのです。さらに脱退の背景には「すでに収めた2020年分の出展料が返金されない」という問題もあるようです。“中止”ではなく“延期”とした理由はこれかもしれませんが、これについても事務局は「バーゼルワールド2020解約のための財政的取り決めに関する議論は現在提唱されている」とあり、この問題はまだ議論中というのです。これを読むと脱退表明ブランドと事務局の関係修復に若干の含みが残された印象があります。

 さらに17日、今度はLVMHグループ(タグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ブルガリ)からもバーゼルワールドからの離脱が表明されました。その理由をLVMHグループから送られたリリースから抜粋します。

「LVMHグループスイスウォッチマニュファクチュール及びLVMHウォッチメイキングディヴィジョン(タグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス)そして、ブルガリは2021年1月に予定されていたバーゼルワールドからロレックス、チューダー、パテックフィリップ、シャネル、そしてショパールが離れる事を確認しました。スイス時計産業の存在価値が明らかに低下し、必然的に参加が減少するという状況の中で、LVMHウォッチブランドにおいても我々のイメージ、そしてクライアント、プレスの方々との関係を保持するためにもバーゼルワールドから離れるべきであると感じております。よって、2021年のバーゼルワールドへの参加を見合わせる事を決断いたしました」

 すでに2019年からオメガやブレゲを傘下に持つスウォッチグループがバーゼルから撤退していますから、この上、ロレックス、チューダー、パテック フィリップ、シャネル、ショパール、LVMH傘下のタグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ブルガリが撤退するとなるとメインホール中核部が“もぬけの殻”になってしまいます。しかもバーゼルワールドの延期発表の前に出展中止を表明した日本のセイコーやシチズンも、延期された2021年4月の見本市から、このまま撤退という事態にもなりかねません。これはまさにゆゆしき状態。これらのビッグ・ブランドの穴を埋められるブランドなど、ちょっと想像がつきません。


新たな時代へ向けての
時計文化発信の重要性

2020年4月に開催を予定していた「ウォッチ&ワンダー(WATCH & WONDERS)」

2020年4月に開催を予定していた「ウォッチ&ワンダー(WATCH & WONDERS)」だが、2月27日に中止を発表。その代わりとしてウェブの公式ページで各参加ブランドの新作が紹介され、ブランドCEOなどによるメッセージ動画が視聴できるようになっている。
www.watchesandwonders.com


 結局、バーゼルワールドの根幹をなすブランドであったロレックス、パテック フィリップ、ショパール、シャネル、チューダー、さらにLVMHグループ傘下のタグ・ホイヤー、ウブロ、ゼニス、ブルガリは2021年、FHH(The Fondation de la Haute Horlogerie)とともに新たな時計見本市を開催することを表明しています。

 この新たな見本市は「ウォッチ&ワンダー(Watches & Wonders Geneva、旧SIHHから名称変更)」の会場であるジュネーブ空港に隣接する見本市会場「パレクスポ」において、ウォッチ&ワンダーと同時期に開催するとのこと。ただし、「W&W」と新しい見本市が完全に融合するかどうかは不透明です。

 ところが、この原稿を書き上げ、公開しようとしたその時、新たなリリースがバーゼルワールド事務局から届きました。その内容を要約すると「2020年5月7日、スイスのバーゼルワールド事務局と出展者の代表はキャンセルされたバーゼルワールド2020について和解し、2021年1月28日から2月2日に計画されていた見本市を開催しないと決定した」ということです。その上で、「夏までに可能なフォローアップ形式について決定し、新しいコンセプトとスケジュールに関する情報を提供する」というのです。

 つまり撤退を表明していたブランドと和解し、バーゼルワールド2020を2021年1月に延期する案をキャンセルして出展料を返金し(この額は低く抑えられたようです)、新たな見本市のありかたを協議して夏までに決定してお知らせする、というのです。

 ただし、撤退を表面したブランドが完全にバーゼルワールドに復帰するのか? ジュネーブで開催されるW&Wとの連携は白紙となったのか? などの問題には触れていませんので、依然、先行きは不透明なままです。

 いずれにせよ伝統的にバーゼルで開催されてきた時計見本市が大きな曲がり角にさしかかっていることは間違いありません。たとえ新型コロナウイルスの世界的蔓延がなかったとしても、このような事態は遅かれ早かれ訪れたはずです。

 だからといって場所をジュネーブに移し、ビッグ・ブランドだけでのラグジュアリーな見本市を開催すればすべて解決する、というほど単純な話でもないでしょう。

 そもそも時計見本市の地位低下の背後にはウェブ・メディアの急速な発展があります。今やスイスまで行かなくてもプレスリリースや高解像度の写真データがウェブで瞬時に入手できます。現物の時計も航空便で送れば数日でスイスから世界各国に届けられ、ブランドCEOやマーケティング担当者が手持ちで各国を回り、現地での発表会で展示することも可能です。実際にこのような形で新作発表を行うブランドもすでにあります。

 このような形態での新作発表が標準となれば、時計見本市そのものの存在価値が揺らぎます。実は2020年の開催を断念した「ウォッチ&ワンダー」では、ウェブの公式ページ内でブランドごとに新作情報やCEOからのメッセージなどの最新情報を発信し始めています。これを見ればスイスに行かなくてもすんでしまうかもしれないのです。

 しかし、このような形態では文化としての時計を広くアピールすることは難しいかもしれません。また、誰もが英語やフランス語で書かれた時計のデータやスペック、そして主に英語で話しかけるCEOや開発担当者のメッセージを完全に理解できるかは疑問です。つまりウェブでの新作発表が決してベストな手段とは思えないのです。

 今や時計は実用品である以上に伝統工芸品であり一種の嗜好品です。しかも、その対象は富裕層だけにとどまらず幅広い層に渡ります。こういった人々に時計の魅力や素晴らしさ、歴史や文化としての広がりを、より深く知ってもらうためにはどうすれば良いのか? このことを見本市の主催者や出展ブランドだけでなく我々プレスも改めて考えていく必要があるはずです。

 Gressiveもウェブ・メディアである以上、ウェブを通しての情報発信が主体なのは当然ですが、そこで得たエモーション(情動)を現実の小売店で確かめていただくため、全国の時計店と常に情報交換し、皆さんに時計店へ脚を運んでいただくべく記事作りを行っています。同時に小売店で行われる発表会や展示会をさまざまな形でサポートし、時計文化に興味を持っていただけるような活動も行っています。

 1970年代のクォーツ・ショックを乗り越え、スマートウォッチをも内包して“時計”への興味はこれからも決して消滅することはないでしょう。であるならばスイスの時計見本市の形態がどうなっても情報発信は続けるべきです。バーゼルワールドがこれからどうなるのか? そんな野次馬的な興味も含めてGressiveでは引き続き、時計という素晴らしい文化にまつわる情報を収集し、皆さんにお届けしていきたいと考えています。


取材・文:名畑政治 / Text&Report:Masaharu Nabata
撮影:堀内僚太郎 / Photo:Ryotaro Horiuchi