オリスという教養


時計を楽しむということは、教養を深めるということでもある。
スイス時計ブランド「オリス」は、100年を超える歴史を持ち、手仕事にこだわり、
そして創業以来今日まで、ヘルシュタインという街で時計を作っている。
そこにはどういう価値があるのか? 
日本もまた歴史と伝統にこだわり、そして文化を紡ぐ場所にこだわるという気質がある。
そこで今回は、創業1903年という銀座のテーラー「髙橋洋服店」を訪ね、
歴史と伝統、仕事への敬意、さらに銀座という街について伺いながら、
オリスの魅力について、もっと深く迫っていこう。


積み重ねてきた歴史の重みとは?

 適価良品の時計を作ることを目指してオリスは、1904年に創業した。その時計は高く評価され、1960年代にはスイス屈指の大ブランドへと成長する。しかし1970年代のクオーツ革命によって時計に対する価値基準が様変わりしてしまうと、スイスの伝統的な時計は販売不振となり、会社は経営危機に陥ってしまう。それでもオリスは、機械式時計のみを作るという”本物にこだわる戦略“に回帰することで、業績は回復する。オリスはどこまでも実直な時計作りを行う。それこそが強みなのだ。


髙橋純さん/髙橋洋服店店主

髙橋純さん/髙橋洋服店店主。1949年、銀座生まれ。慶應義塾大学卒業後、日本洋服専門学校を経てロンドンへ留学し、1976年に「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション」を卒業。帰国後に髙橋洋服店に入社し、1991年に4代目社長に就任。現在も裁断師としても仕事をしている。


 髙橋洋服店の創業は1903年と、奇しくもオリスと1年違い。海外の技術や文化を吸収すべく、初代髙橋次助さんがベルリン、四代目の純さんがロンドン、そして五代目の翔さんがローマへと留学する。


「私は英国の洋服に対する考え方を習ってきましたが、裁縫技術は日本が遥かに上、と確信を持ちました。息子の翔は、親交があったローマのサルト ルイジ・ガッロ氏の教室に3年間預かってもらい、午前中は教室、午後は彼のアトリエでお客様の服の縫製の助手をさせてもらいました。極端な表現ですが、英国式の洋服は硬くて窮屈、イタリア式は軽くてよく言えば柔らかいけど、日本のお客様には‘‘グチャグチャ”な感じがします。ですから私共の洋服は、両方のイイトコドリをした『髙橋の洋服』ということになりますね」と語るのは、髙橋洋服店の店主である髙橋純さん。


髙橋純さんと息子の翔さん

髙橋純さんと息子の翔さん。翔さんは1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2007年に髙橋洋服店に入社し、2009年にイタリア・ローマの名門「カメラ エウロペア デッラルタ サルトリア」へ留学する。2012年に帰国し、洋服文化を継承するため日々研鑽を積んでいる。


 自分たちのスタイルを構築することは、長い歴史を継承していくのには欠かせないことだ。例えばオリスの場合はレッドローターやポインターデイト、ビッグクラウンなど、「見ればオリスだとわかる」スタイルを持っている。


「私たちの背広にも、そういう特徴はいろいろありますよ。ただし何が違うかを説明するのは難しい。それでも我々が見れば、あれはウチの洋服だと分かる部分があります」


 神はディテールに宿るというが、そういった丁寧な仕事の積み重ねこそが、歴史となるのだ。


ビッククラウン キャリバー403

ビッククラウン キャリバー403
オリスが1938年に発売した針表示式カレンダーウォッチ、ポインターデイトの伝統を継承するアイコンモデル。自社製ムーブメントのCal.403を搭載。自動巻き、SSケース、ケース径38mm。489,500円(税込)


「我々技術屋にとって、最も大事なのは技術の伝承です。しかしただ伝えるだけでなく、常にイノベーションを繰り返してゆくことが何より大事です。そして思想、つまりは経営理念の伝承も重要です。曾祖父から祖父へ、祖父から父へ、父から私へ、私から息子へ。次の世代の経営者が思想と技術を受け継いでいることが重要だと思います」


 オリスの場合はファミリービジネスではないが、ウォッチグループには属さず、独立経営を貫いている。これも現在の時計業界では珍しいが、独立性を保つことで理想とする時計作りに邁進することができる。そしてオリスを愛し、同じ理想を掲げる経営者が跡を継いでいく。それこそが歴史を紡ぐということなのだ。


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信念のあるモノつくりとは?

 オリスはスイスの時計業界ではかなり珍しく、「機械式時計のみを製作する」という骨太な戦略をとるブランドだ。それは時計の歴史に対する敬意だけでなく、手仕事から生まれる機械式時計の感性的な味わいも大切にしているからだろう。それは時計そのものだけでなく、オリスを所有する喜びにもつながる。


 信念あるモノつくり。それは髙橋洋服店が追い求めることでもある。


「うちのスタッフには、“注文服”なのだからできるだけお客様のご要望に合うような洋服を作って差し上げなさいと言っています。しかしうちの洋服のアイデンティティだけはなくしてはいけない。そのアイデンティティが何かは、説明してもわかっていただけるようなものではない。自分たちがわかっていればいいんです」


形として目視できるものだけが、ブランドのアイデンティティではない。100年を超える歴史の中で醸成されてきた空気感もまた、ブランドの大切な価値になるだろう。


髙橋洋服店のスーツはすべてビスポーク

髙橋洋服店のスーツはすべてビスポーク。生地を選び、好みのスタイルを聞き、採寸の際には体型観察を入念に行う。会話を通じて、自分の体に合ったスーツが生まれるというのが醍醐味である。


 オリスのアイデンティティ。それは“真面目さ”ということになるだろう。


 ここ数年、スイス時計の価格は高騰し続けている。背景には材料費や燃料費の高騰があり、さらに日本の場合は為替レートに関わってくるため、さらに価格が上昇してしまう。しかしそれでもなおオリスの価格帯は、常に良心的である。創業110周年となる2014年からは、自社製ムーブメントの製造も再スタートしたのだが、耐磁性やロングパワーリザーブなど優れた実用性を意識している。そしてこのムーブメントが、職人の手仕事から生まれるのは言うまでもない。


「我々も手仕事は大切にしています。もちろん普通にミシンも使いますが、手縫いの方が柔らかくでき、伸縮性が出る。それとミシンで縫うと綺麗すぎるんですよ。それに手縫いの方が見ていて美しいと感じる。ディストーション(歪みやひずみの意)の美しさというのかな。特にイタリアの職人は手仕事を高く評価するので、綺麗すぎる縫製は工業製品みたいだと好まないところがありますね」


 人の手が作るから、緊張感や迷いが生まれ、それが得も言われぬ味わいとなる。機械式時計はビスポークのスーツと比べれば、工業製品ではあるのだが、それでも人の手で仕上げ、組み立て、調整を行ったものには、オートメーションで作られたものとは違った温かみがあるのは事実だ。


型紙作りに、洋服店の個性が現れる

型紙作りに、洋服店の個性が現れる。そのベースは初代が作り、そこに代々手が加わり、今のスタイルとなった。型紙起こしには体型を加味した補正を反映する。型紙は大切な歴史であり、遺産なのだ。


 こうして人の手から丁寧に作られたモノは、丁寧にメンテナンスすることで、長く愛していくことができる。オリスでは、自社製ムーブメントのCal.400に対して10年保証を与えるだけでなく、オーバーホール期間そのものも10年ごととしている。これは驚くべきことだ。


「流行に左右される部分が少ない弊社の服も、定期的なメンテナンス、例えば日々のブラッシング、そしてプレス、必要最低限のクリーニング等の手入れをしていれば、最低10年はお召しになれると思います。もちろん使用頻度にも関係しますし、体形に大きな変化が無いことが条件ですが」


 ひとの手から生まれ、温かみがあるものを、粗末に扱うことはできない。愛を持って接し、敬意をもって使うからこそ、結果として長く使うことができる。それは信念をもって作られたものだけが得られる特権なのだ。

ビッククラウン キャリバー473

ビッククラウン キャリバー473
5日間も連続駆動する手巻きモデルで、ケースバック側にパワーリザーブ表示を備える。明るいブルーのダイヤルも美しく、パートナー企業であるスイスに本社を構えるサステナブルレザーの製造企業、チェルボボランテが製作した鹿革ストラップを組み合わせる。手巻き、SSケース、ケース径38mm。638,000円(税込)



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土地に根差し、文化を守る。

 信念あるものは、人の手から生まれる。ということは、どういう人がどこで作っているのか、その土地の力も重要になる。たとえば時計のダイヤルに「SWISS MADE」を表記するためには、製造コストの少なくとも60%がスイスで支払われていなければならないというスイスネス法が定められている。こうすることで“スイス時計”の価値を守るのだ。さらには時計師教育にも力を入れており、スイスの時計技術と時計文化を守り、継承する手助けをしている。特にオリスは機械式時計のみを製作しているので、時計職人の確保が重要となる。そのため1950年代から工場近くに従業員用住宅を作り、社食を充実させ、遠方に住む社員のために通勤バスを走らせたという。


 一方髙橋洋服店では、20年前から「テーラーリング クラス」を設立し、職人の育成をはじめている。


「縫製職人の高齢化とマーケットの縮小によって、ウチの洋服を縫ってくれる職人が居なくなってしまうのではないうかという危機感を、常に持っていました。それならと自分の職人は自分で育てると決心して、教室を始めました。いまでは立派にお客様の服を縫っている卒業生が何人も居ますが、彼らが居なかったら髙橋洋服店はどうなっていたか分からない。そう考えると教室を開講したことは間違いではなかったし、巣立っていった卒業生たちが業界のために少しでも役に立っていてくれれば嬉しいですね」


 文化を守ること。それもまた老舗の矜持となる。


生地の裁断は、裁断師の手によって行われる。大きな鋏を自在に操る姿は美しい。

型紙起こしは採寸した裁断師の手によって行われる。大きな鋏を自在に操る姿は美しい。


 さらに髙橋洋服店は、創業の地「銀座」への敬意も強く抱く。


「私は銀座で生まれて銀座で育ちましたが、長い年月を掛けて銀座も変わりました。たしかに日本一の商店街であることはゆるぎない事実ですが、銀座を守っている商店は全く様変わりしてしまったのは、痛恨の極みです。日本の老舗と呼べるお店が減ってしまったのが残念です。事業を大きくすることは簡単だが、続けることは難しい。色々な方が仰っています。だから私は、小さいままでいいですが、このまま“銀座の髙橋洋服店”を何とか続けていきたいと思っています」


 文化とはその土地で醸成されるものであり、オリスも創業地ヘルシュタインを大切にする。そもそもスイス時計の多くは、ジュネーブを中心としたフランス語圏の地域で作られることが多い。これは時計技術が隣国フランスからもたらされたことに由来する。しかしオリスは創業以来、ドイツ語圏の小さな町ヘルシュタインに拠点を構えている。そのため時計にはどこかドイツ的な質実剛健の雰囲気がある。


美しいスーツには美しい時計が似合う

美しいスーツには美しい時計が似合う。髙橋洋服店ではシャツの仕立ても行っているが、時計のために袖口をゆったりめにオーダーする人も多いそう。


 またオリスは実直に時計を作ってきたこともあってか、ブランドとユーザーの距離が近い。ヘルシュタインの本社の1階にはギャラリーショップがあるが、ここは誰もが気軽に立ち寄れる場所となっており、メンテナンスサービスの受付場所にもなっている。オリスは時計をきらびやかな宝飾品として考えるのではなく、あくまでも実用品であり、人々の生活を豊かにするものでもあると考える。


「私はスーツを、究極の男の作業服だと思っていますが、丁寧な仕事から生まれたスーツとそうでないスーツの品質には、雲泥の差がある。それは時計も同じでしょう。時を告げるという機能は、どんな時計でも違いはありませんが、人は全てにおいてバランスが必要です。では私たちのスーツを着た時には、どんな時計をつけるべきなのでしょうか?」


 その答えは明確だ。長い歴史を丁寧に守り、信念をもって作り、そしてルーツや文化に敬意を払っているブランドの時計だ。オリスはまさにそういった文脈にあるものであり、本物の価値を知る大人にこそ、選んで欲しい時計である。


ビッグクラウン ウィングス オブ ホープ ゴールド リミテッドエディション

ビッグクラウン ウィングス オブ ホープ ゴールド リミテッドエディション
アメリカを拠点に活動する航空人道支援活動のパイオニア「ウィングス・オブ・ホープ」とコラボレーションしたパイロットウォッチ。カレンダーのないレトロなデザインは、タイムレスな価値を持つ。世界限定100本。自動巻き、18KYGケース、ケース径38mm。2,310,000円(税込)



取材・文:篠田哲生 / Report & Text:Tetsuo Shinoda

写真:江藤 義典 / Photos:Yoshinori Eto


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