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エイチディ・スリー(HD3)
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有名なスイスのデザイナーJorg Hysek(ヨルグ・イゼック)の豊かな発想から生まれた、素晴らしい時間のコンセプトが現実になりました。スライド(SLYDE)。最新のデザイントレンドと最先端のエレクトロニクス技術の完璧な融合 それは、第3ミレニアムの幕開けにおいて、「時間」のビジョンに革命をもたらします。 「デザイナーは、時代の最先端を行かなければ満足しない。」これは、Jorg Hysekの信条です。彼は紛れもなく、時計製造の世界で最も有名なデザイナーのひとりです。独立したHD3ブランドの創設者は、彼の親しいパートナーFabrice Gonet(ファブリス・ゴネ)がデザインを手がけ、今やコレクターアイテムとなった著名なBlack Pearl を始めとする、数々の複雑時計を大成功させた後、今でも伝統的な時計製造の世界で際立つ存在です。
株式会社ノーブル スタイリング
目黒区三田
03-6277-1604
http://www.hd3complication.com/en/
百貨店
専門店
ブティック
153-8580
東京都
1-4-1
株式会社ノーブル スタイリング
オートランス(Hautlence)
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時計の国スイスの歴史の中心となってきたNeuchtel(ヌーシャテル)の地には精巧と革新の伝統があります。街の周辺一帯には高い技術が集結しヌーシャテルにおける高い品質をもたらしてきました。そのヌーシャテル出身のクリエイティブ・デザイナー、ウォッチメーカーにより、2004年、ハイエンドなウォッチメイキングを再解釈するというということをテーマに設立されたブランドは、時計作りの中心地ヌーシャテルと共にその道のりを歩む決意を込めて「Neuchatel」のアナグラム HAUTLENCE (オートランス)と名付けられました。現在は本社をLa Chaux-de-Fonds(ラ・ショードフォン)に移し、新しいオーナーのもと、スイス ウォッチメイキングの伝統に基づいた高品質な作品を製作しています。その証がムーブメントに刻まれたHorlogerie Suisseという言葉に現れています。すでに5つの自社製ムーブメント(4つの特許を取得済み)を所有しています。
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株式会社ノーブルスタイリング
目黒区三田
http://www.hautlence.com/en/
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153-8580
東京都
1-4-1
株式会社ノーブルスタイリング
ハミルトン(HAMILTON)
創業以来、一貫して個性的かつ革新的なデザインと高い性能を備え、アメリカンスピリットが息づく時計を作り続けている「ハミルトン」。1892年、アメリカ ペンシルバニア州ランカスターに誕生し、創業間もなく鉄道に不可欠な<正確な時計を製造するメーカー>として認知されるようになった。1910年代からアメリカ軍関係者への時計の納入を開始。第2次世界大戦では100万本を軍に供給するまでとなり、ミリタリーウォッチのスピリットは現在「カーキ」コレクションとして「ハミルトン」を支える大きな柱になっている。そして電池を動力にした世界初のエレクトリックウォッチ、1957年発表の「ベンチュラ」は、エルビス・プレスリーが映画『ブルー・ハワイ』で着用したことでも有名であるが、リチャード・アービブの斬新なデザインはそのままに、現在も「ハミルトン」の人気モデルとなっている。また「ハミルトン」は1966年に映画『2001年宇宙の旅』の為に時計をデザインし(2006年にトリビュートモデルが発表され、人気を博した。)、近年も『メン・イン・ブラック』や『アイ・アム・レジェンド』でハミルトンの時計が登場、ハリウッド映画との関わりが深い。
現在「ハミルトン」は、アメリカンクラシック」、「カーキ」、「ジャズマスター」「ベンチュラ」などの個性豊かなコレクションを有する。「アメリカンクラシック」では「ボルトン」や「アードモア」「PSR」など1920年代から1960年代のクラシカルデザインのモデルが人気を博す。一方「カーキ」では「カーキ フィールド」や「カーキ アビエーション」、「カーキ ネイビー」などのハイスペックなフィールドウォッチが揃う。
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1892年アメリカ・ペンシルヴェニアにて創業。画期的で新しい発想を活かした時計づくりを行うハミルトン(HAMILTON)のモデルをご紹介。
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スウォッチ グループ ジャパン株式会社
中央区銀座
03-6254-7371
http://www.gressive.jp/satellite_site/hamilton/?brandindex
http://www.hamiltonwatch.com/
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104-8188
東京都
7-9-18
スウォッチ グループ ジャパン株式会社 ハミルトン事業本部
腕時計
H.モーザー(H.Moser & Cie.)
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幾世代にも渡って時計づくりの伝統と技術が継承される、スイス、シャフハウゼン。ヨハン・ハインリッヒ・モーザーは、この土地の薫陶を受けて育ち、1820年から1824年の間自身の父親から時計づくりを学んだ後、時計の町であるル・ロックルでその知識をさらに広げた。そして彼は時計師として、シャフハウゼンではなく当時帝政下で幅広い時計市場を持っていたロシアに渡り、幾つかの時計店での経験を積んだ後、1828年にサンクト・ペテルブルグ自分の時計会社を設立する。これが現在のH.モーザーの始まりである。ビジネスマンとして優れたセンスを持っていたヨハン・ハインリッヒ・モーザーは、宝飾部門の1つとして時計を位置づけ、なおかつシンプルな時計もその中で展開させていったのである。そしてモーザーは販売網を広げ、卸売りとマニュファクチュールを同時に行うことにも成功。1829年にはル・ロックルに時計工場を構え、ロシアとスイス、この2大拠点で欧米のみならずペルシャや中国、日本と販路を拡大し、大きな成功を収めた。後にモーザーはル・ロックルで名誉市民に称され、1848年に故郷・シャフハウゼンに戻った後は、鉄道事業やライン川のダム建設及び電力事業にも手腕を発揮し、シャフハウゼンの産業に大きく貢献した。またこの動きは、1868年にアメリカ人、F.A.ジョーンズがシャフハウゼンにIWCを創業する際に大きな支えとなったのである。これは同時に、シャフハウゼンという町が世界的な時計産業の街となる礎にもなった。
1874年のヨハン・ハインリッヒ・モーザー没後会社や工場は売却、20世紀に入ってからのロシア革命や、懐中時計から腕時計への移行など様々な変遷を経ながらも、H.モーザーの名前は残ったものの 1979年にはついに時計製造から撤退してしまう。
一時は時計の世界から姿を消したかに見えたH.モーザーだが、1990年代以降機械式時計が再評価されて数々の名門ブランドが息を吹き返す中、2002年にユルゲン・ランゲ博士ら有志によってH.モーザーはその名が再び国際登録された。そして2005年のバーゼルワールドにおいて、特殊な永久カレンダーを搭載した「モーザー パーペチュアル1」で本格的に時計ブランドとして復帰を遂げた。
その後も独自性・実用性のある機構を次々と開発し、2013年には高級時計ブランドのノウハウを知り尽くしたMELBホールディングスに加わった。「ファミリー経営の会社であること」「自社でムーブメントを開発できること」「創意工夫に富んだ機構があること」、この3つの要素から成り、且つ年間生産本数が1000本あまりの“Very Rare”な時計メーカーであるというコンセプトに掲げ、コレクション群を一新。「エンデバー」「ベンチャー」「パイオニア」の3カテゴリーからなる新コレクションは創業者の類まれなる功績に敬意を表し、彼の人生観を表す言葉で構成されている。
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2002年にオリジナルブランド名が再び国際登録され、2005年には時計の国際舞台に復帰した、H.モーザーのモデルをご紹介。
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