GINZA MATSUSO
高級時計の需要増に呼応して、美しい模様を持つ希少な木材を用い、徹底した鏡面仕上げが施された高級な木製時計ケース(コレクション・ボックス)の需要が増加している。その人気を牽引するのが、創業160年余の長い歴史と伝統を誇る広島の家具メーカー「松創」である。同社がショールームを兼ねたショップ「GINZA松創」を開設したのは、今から4年前の2021年。そこで今回、高級木製時計ケースの受注も担当する「GINZA松創」を訪ね、時計ケース受注の詳細と今後の展開をうかがった。
「GINZA松創」に展示されている8本入りの木製時計ケース。収納本数や内部コンパートメントの構造にはじまり、ケースに用いる突板の樹種やカラーなど、多岐にわたってオーダーすることができる。ちなみに「松創」という社名の由来は創業者が「松岡」であること。その松岡がものを創造するということから「松創」という社名が生まれたのだという。協力:ボヴェ 1822 ジャパン
ここ数年、時計の高額化が進んでいる。簡単にいえばスイス時計の日本への輸入総額は小幅な上下はあるものの、全体に上昇傾向。一方で輸入個数は減っている。つまり1個1個の時計が高額になっているということだ。
この時計の高額化に対応し、コレクションを保管あるいは鑑賞するための高級な時計ケースの需要が高まっている。その代表が広島県府中市の家具メーカー「松創」による木製時計ケースである。
「松創」の創業は1855年というから江戸末期の安政年間。宮大工としてはじまり、やがて桐箪笥(きりだんす)および和家具の製造で業務を発展させてきた。現在、その事業内容は作り付け家具の製造、高級置時計のケース製造、高級クルーザーの内装などに加え、木製時計ケースの製造もそのひとつである。
MDF材をコアに用い、そこに美しい杢を持つ、さまざまな銘木の突板を貼り付けた「松創」の時計ケース。こちらのモデルでは虎目状の杢が素晴らしいシカモア材を用い、それを貼り付ける方向をアレンジすることで比類のない美しさと独特の存在感を獲得している。
こちらはややコンパクトな6本入りのモデル。シカモア独特のトラ杢(虎を思わせる独特の模様)と落ち着いた雰囲気の緑がかったグレーの着色が、鏡面仕上げのポリエステル塗装を通して強烈な印象を与えてくれる。協力:ボヴェ 1822 ジャパン
特筆すべきは「松創」では桐箪笥の材料である丸太を購入し、自社で乾燥から製材までを行っていること。「一番良いものを作るため」と素材の入手から製品の完成までを一貫して行い、安定的に良いものを作ることを、同社の先々代が考えた結果という。
このように家具を一貫製造する体制を持つ「松創」が作る時計ケースは、完成度がスイス高級時計に付属す「coffret(コフレ=フランス語で小箱や宝石箱のこと)」に匹敵する美しさと品質を持つ時計ケースが出来上がるのである。
「当社は、今では桐を用いることは少なくなりましたが、メープル(カエデ)やシカモア(欧州や北米に産するカエデ科の広葉樹)などの良材を使う伝統があります。特に時計ケースではMDF材(木質ボードの一種)に粒状の模様が特徴的なバーズアイメープルやトラ杢の美しいシカモア、エボニー(黒檀)などの突板を張り合わせて製作しています。
MDF材の特徴は重量が軽く、長年使っても狂いが出ないこと。また、他の一般的な家具工場では突板が貼られた状態で素材を入手し、それを工場で組み立てることが多い中、当社では自社で突板の張り付けから組み立て、塗装と仕上げまでを一貫して行っています。これによって最初から最後まで、品質管理を徹底して自社で完結できるのです」(松創営業課長 深井祐作さん)
2021年に開設された「松創」のショップ兼ショールームである「GINZA松創」。長い伝統に培われた高度な技術を用いた家具のオーダーから、インテリア全般についてのアドバイスなども受けることができる。現在、高級木製時計ケースのオーダーを常時、受け付けている唯一のスポットでもある。
この「松創」がショールーム兼ショップである「GINZA松創」をオープンしたのは2021年のこと。現在の代表取締役である松創八代目の松岡正典さんが銀座への出店を決断したことから、このショップが生まれたという。ではなぜ「松創」はその出店を決めたのだろうか?
「これまで当社では、タンスや家具などを製造し、販売店に卸すというのが主な業務でした。しかし卸では直接、お客様の声を聞くことが難しく、より高品質でご要望にあった製品を作るため、自分たちの手で販売のチャンネルを設けようとい考えたことがきっかけでした。そこで、『どうせショップを出すなら銀座で』と考え、これからは自分たちでブランディングしていこうと決めたのです」(深井さん)
その結果、銀座に出店したことで注文が増えたのが他ならぬ時計ケースだったという。
「銀座松創」を設立したことで、顧客からの要望を受けて受注が増加した時計ケース。「松創」ではコレクションの保管だけでなく、自動巻きモデルの巻き上げも行えるワインダー装備の豪華な時計キャビネットなども製造している。
「家具だけではどうしても住宅事情に左右されるため、今後は趣味の分野にも打って出なければ、と考えていたところだったのです。当時、時計ケースは一型だけあったのですが、銀座に出店したところ、その反応が意外に良かったのです。その結果、時計ケースが高級な趣味の分野に入りやすいアイテムということに気づき、そこに注力しようとなりました。ですから当社で木製時計ケースの製造を本格的に開始したのは、銀座出店からなので、4年ほどになります」(深井さん)
では「松創」が製造する木製ウォッチケースの特徴とはなんだろうか?
「それは鏡面塗装ですね。これはポリエステル樹脂を厚く吹いて光らせる技術であり、そこには桐箪笥の時代から連綿と受け継がれる漆塗りとその磨きの技がベースにあります。
ただ漆はどうしてもデリケートですから、日常使いできる素材としてポリエステル樹脂による鏡面仕上が多くの家具やウォッチケースに採用されています。この鏡面仕上げは、周囲がそこに映り込むことで部屋全体を広く見せるという効果もあります。
もうひとつの特徴は、MDF材に突板を張ったあとの調色です。そのカラーはショップにある色見本からお選びいただけますが、ここまで色が入った突板張りの製品は国内では少ないのではないかと思います」(深井さん)
「鳥の目」を思わせる粒状の細かな模様が特徴的な「バーズアイメープル」を用い、鮮やかなグリーンで着色し鏡面仕上げを施した4本入りのモデル。「木の大理石」と呼ばれるバーズアイメープルはハードメープルの中にごくまれに発生する模様入りの材であり、木の表面近くの1/5ほどでしか取れない大変貴重な材。「松創」では、カナダ・アメリカの五大湖周辺で育った希少なバーズアイメープルのうち、100本に1本ほど産出しかない最高級材を使用している。
サイズ:幅290×奥行き124×高さ90mm
素材:バーズアイメープル
色:MP-09(グリーン)
価格:440,000円(税込)
バーズアイメープルの突板を精密に張り合わせることで、角の稜線もくっきりと際立って表現されている。この鮮烈なグリーンは「MP-09」という品番。見るからに高級感溢れる木製時計ケースの逸品である。
蓋の開閉を司るヒンジ(蝶番)にも、最上級のものが採用されている。ゴールドにプレートされたヒンジが鮮やかなカラーと相まって、高級感をより一層、盛り上げてくれる。
木の根っこ部分などにできる「瘤(バール)」に表れる、複雑に入り組んだ模様を持つ「マーブルウッド(ニレ科の広葉樹)」の突板を採用した8本入りのモデル。「松創」ではその瘤の模様である「玉杢」がもっとも美しく出た最上質な部分を使用している。
サイズ:幅456×奥行き231×高さ104mm
素材:マーブルウッド
色:Marble-02
価格:532,400円(税込)
深いアンバーカラー(琥珀色)に着色され、「松創」が特異とするポリエステル塗料を厚塗して手で施した鏡面仕上げが美しいモデル。これまで、このような美しく贅沢な作りの時計ケースはスイスやフランス、イタリアなどが得意としてきたが、いよいよ日本にもこれを生み出す技術を持った本格的な工房が出現したのである。
「GINZA松創」の一角に設けられた突板とカラーなどのサンプル・コーナー。ケースに貼る突板では、貼り合わせるパターンに変化をもたせるなど細かなオーダーも可能。さらに突板の細片を組み合わせた木象嵌(ウッドマルケトリー)や漆を用いた螺鈿細工、象眼で名前を入れたり、使用者の名前を刻印した金属プレートを取り付けることもオーダー可能。納期は2ヶ月から2ヶ月半ほど。価格は定番モデルで44万円ほどからとなっている。
では、「松創」における時計ケースの発注から製造までの行程をうかがおう。
「ショップには時計ケースの完成品が何点かディスプレイされていますが、このまま買っていかれる方はほとんどいらっしゃらず、大半がオーダーとなっています。というのも、お持ちの時計の本数もさまざまですし、時計だけでなく他のアクセサリーと組み合わせて収納したいとお考えの方も多いので、それぞれのご要望をお聞きして、時計の収納本数に応じた内部にトレーのデザインを選び、さらにお好みの木の種類や着色するカラーを決め、そこからスケッチを起こし、これを元にCADで図面を作製してから製作するというシステムを採用しています。
CADによる設計図が出来上がると、これをお客様に提示してご確認いただきます。これで問題なければ、実際の製作に入ります。そこに桐箪笥に始まって作り付け家具の製造に至るまで、当社が創業以来、培ってきた技術の蓄積が生かされているのです」(深井さん)
CADで設計することから、板材の切り出しにはコンピュータ制御の加工機を利用。美しさのポイントとなる突板は手でMDF材に貼り付けられ、さらにポリエステル塗料を吹き付けた後の磨き出しも手作業によるものだ。
ここまで高級で手間のかかる時計ケースをワンオフ(一点物)として受注生産する例は、国内ではほとんどない。またショップにある完成品も含め、そもそも一点ものとして生産されるので、コストや納期は変わらないとのこと。ただし、要求が多くなれば、その積み上げた要素に応じて料金が加算される。
現在、「松創」では木製時計ケースを年間数十個ほど製造するが、この分野をさらに伸ばしていきたいという。
そのオーダーを受け付けるのは「GINZA松創」が中心であり、百貨店でのポップアップ・ストア形式で注文を受けることもある程度。これからは全国の時計専門店を中心に取り扱うスポットを増やしていきたいという。
美しい鏡面仕上げの木製時計ケース。それは時計文化の成熟を示すひとつの指標である。その認知度の向上や新たな展開を今後、本誌としても応援していきたいと考えている。
GINZA松創
〒104-0061 東京都中央区銀座4丁目8番4号 三原ビル4F
TEL:03-6228-7482
営業時間:10:30-18:30 水曜日定休
https://ginza-matsuso.com/
取材・文:名畑政治 / Report&Text:Masaharu Nabata
GINZA松創 についてのお問い合わせは…
〒104-0061 東京都中央区銀座4丁目8番4号 三原ビル4F
TEL:03-6228-7482
営業時間:10:30-18:30 水曜日定休
>>>GINZA松創公式サイト
※価格は2025年12月1日現在のものです。
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