オリス×山梨銘醸
伝統を重んじるスイス時計産業には、数百年を超える老舗が多い。
1904年に創業したオリスは、今年で創業120周年を迎えるが、
それでも時計業界の中では、まだまだ若者といえるかもしれない。
これからさらに歴史を重ねていくために、何をすべきなのか?
1750年の創業以降、歴史と伝統を継承してきた酒造業「山梨銘醸」の姿勢は、
オリスにとっても学びが多いに違いない。
人の手から生まれる伝統的な機械式時計にとって、どこで生産されるのかが、大きな意味を持つ。オリスの時計は、スイスのヘルシュタインという街でつくられているが、この地でなければならない理由がある。
日本酒造りにおいても、場所は重要だ。山梨銘醸は名水の里「白州」で、250年以上にわたって日本酒を作っている。
「創業は1750年。 江戸時代の寛永3年です。元々本家は、長野県高遠(たかとお)で酒造りをしていました。その本家34代目にあたる北原伊兵衛は、商用で江戸に行く際に立ち寄った甲州街道の宿場町で休業中の酒蔵を紹介してもらい、1750年に酒造りをはじめました」と語るのは、山梨銘醸の13代目となる代表取締役社長、北原対馬氏。
「この地を選んだ理由を想像するに、ここで育まれる天然水が、量、質ともに酒造りに向いていると考えたのでしょう。創業から現在までにはさまざまな技術革新がありましたが、唯一創業期から変わらないのが、この地で育まれる水です。我々は創業以来、水と向き合う酒造りを心に留めています。言い換えるなら“水を体現する酒造り”といいましょうか。そういう姿勢で一貫しております。
もちろん長年商売をやっていれば、 苦境に立たされたり、壁にぶつかったりしますが、そういう時こそ改めてこの水と向き合う。すると自然と答えが出てくるのです」
スイスの時計産業は、フランスから亡命してきた時計師たちが発展させたため、フランス語圏のジュネーブを中心にフランス国境に近いジュウ溪谷が主な生産拠点となっている。この地は人口が少なく、冬は雪にとざされる。そのため必然的に高品質だが生産量は少ない、高額品の時計が多く作られるようになる。
一方でオリスが拠点に選んだのは、鉄道網が発達し、大都市圏に近いヘルシュタインだった。物資の運搬に有利で、働き手を確保しやすいこの地なら、製作コストを抑えることができる。普通の人が買える価格でありながら、高品質な時計を提供することが目標であったオリスにとっては、この地こそが理想だった。
オリスの良質な時計は、ヘルシュタインだからこそ成立している。まさにこの地が作った時計なのだ。
醸造蔵を取材させてもらうと、若者や女性が多い。歴史ある酒蔵というと、厳めしい杜氏の世界という印象だが、ここ山梨銘醸ではそういった雰囲気は感じられない。
「酒蔵で働く女性スタッフは、3名います。これは他社さんから比べると多いでしょう。大切なのは意欲をどれだけ持ち続け、美味しい酒をお客さんに届けたいと思う情熱があるかですよね。スタッフは地元出身者が多く、ほとんどが山梨にゆかりがあります。
製造部門のスタッフたちとは、『私たちの目的とは何なのか』ということをよく話します。うまい酒を作る、それも確かに重要ですが、うまい酒を作って、うまい状態でお客様にお届けをして、最後の1杯を飲み終えるまでが、感動する品質であるという“感動を提供すること”が最大の目的だと思うのです」
もちろん、そこへたどり着くための道は平坦ではない。
「私が実家に戻った2007年頃は、業界全体が厳しい市場環境でした。当時は20代の何もできない若者でしたが、厳しい言葉が心に火をつけてくれました。まずは弟と一緒に、何をすべきかを書き出しました。そしてその再建へのマスタープランを元に改革を始めます。まずは商品を統廃合し、その一方で、わが社の看板商品であった『七賢』の味を改革し、価格戦略を一新し、ラベルやパッケージングを統一して、ブランドのガイドラインから作り変えました。伝統的な杜氏制度を廃止し、近代的な設備に切り替えたのもその一環です。こういったやり方は、あくまでも基本中の基本。それを酒屋バージョンとしてやっただけですが、結果はすぐに表れました」
伝統を継承するためには、革新し続けなければいけない。もちろん革新するにはリスクが伴う。オリスは1960年代に黄金期を迎えるも、その後のクオーツ革命によって会社は存続の危機に立たされた。それでも時代に流されず機械式時計のみにこだわり、そして実用性にこだわった。
時計のデザインは過去の傑作を継承する形で取り入れられており、この「ダイバーズ デイト」は1960年代のスタイルを継承している。
時代に流されず、自分たちの理念に沿って挑戦する。それこそがオリスの強みである。
「私が13代目としてここにいるのは、先人たちの革新の結果。戦争もありましたし、関東大震災も経験しています。結核など不治の病もたくさんあった。そんな状態からすれば、今は恵まれています。だから、もっとチャレンジしなきゃいけない。伝統という暖簾に甘んじるのではなく、それを活用し、強いブランドにしていくのです」
未来を見据える北原氏は、“エンターテインメント”をひとつのキーワードと考えている。
「お酒を介して、人々に感動や喜びを提供していると考えると、これは一種のエンターテインメントといえるのではないでしょうか。もちろん、アイドルグループがライバルということではない。コンペティターのひとつは、スマートフォンです。私が学生の頃は、お酒が媒介となって、未来を語ったり、秘めていた思いを告げたりしましたよね。ところが今はスマートフォンがその役目を果たしている。だからこれまでのお酒の飲まれ方や消費のあり方で考えてはいけない。例えばオリスの創業記念として、オリジナルのお酒を一緒に作るとするならば、それは時計のユーザーと感動を共有することになります。これまでは、商品を販売したらおしまいでしたが、もっとユーティリティー性を持たせてもいい。お酒は飲みものですが、飲むまでの道のりは何通りもあっていいのです」
親日家でもあるフレンチの巨匠アラン・デュカスとのコラボレーションも、そういった取り組みのひとつになる。
「デュカスさんは多様性を大切にしており、ゆずや味噌、醤油なども料理に取り入れています。こうなるとワインには合わない料理も出始めてくるでしょう。その中で日本酒が注目され始めている。パリのレストランでペアリングを頼むと、ワインの中に日本酒も入ってくる時代になりつつあるのです。
取引先からデュカスさんを紹介され、フランスの美食家が納得し、日本らしくもある酒を作って欲しいと相談されました。そこから研究を重ね2021年に作ったのがスパークリングの日本酒でした。本来なら日本酒が絶対入らなかった領域に入れたのだから、中華料理やイタリア料理へと広がる可能性もあるでしょう。
2023年からは、サステナブル・スピリッツをつくっていますが、これは廃棄される酒粕をなんとかしたいという思いがあった。酒粕から焼酎をつくるというアイデア自体は他社にもありましたが、我々はサントリーさんと協力し、白州蒸溜所のウイスキー樽で寝かすなどオリジナル性を探求しています。その出来栄えにデュカスさんが気に入り、コラボレーション商品として販売しています」
評価を得るためには、唯一無二であるだけでなく、そのユーザーに理解、認知されなければならない。スイス時計は、いいものを作るだけでなく、その魅力を上手に伝えてきたからこそ、今の名声があるともいえる。
オリスはそれほどプロモーションが上手なブランドではないが、それでも世界最大の時計イベント「ウォッチズ アンド ワンダーズ ジュネーブ」に参加し、環境保護活動のサポートを通じて、自分たちのメッセージを広く伝えている
「オリスは時計そのもの、そしてその品質に傾倒している印象があります。独立資本を守っているのは、理想とする製品を作るためでしょう。我々はブランドや暖簾というもの未来にわたって継続することが最大の目的です。オリスも同様ではないでしょうか。そのためには同じことやっていても生き残れない。ジャンルは違いますが、革新し続けることが大切であることは同じはずです」
創業120年という節目を迎えたオリスだが、まだまだ道のりは半ばであろう。機械式時計にこだわり、歴史から生まれたオリジナリティを大切に守りながら、新型ムーブメントや素材の開発にも力を入れる。伝統と革新を両軸に、スイスのヘルシュタインから世界へと、良質な時計を届けている。
取材・文:篠田哲生 / Report & Text:Tetsuo Shinoda
写真:江藤 義典 / Photos:Yoshinori Eto
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