STOWA |  工業デザインの巨匠 ハルトムット・エスリンガーとは何者か?

工業デザインの巨匠
ハルトムット・エスリンガーとは何者か?

  工業デザインの歴史は、産業革命にさかのぼる。工業化が進むとより安く、品質の高い商品を作って販売するという商行為が定着していく。競争力を高めるためにコストを下げるには、効率良く製造できる形状が必要になる。それこそが工業デザインの原点である。


  工業技術は年々進化していくため、製品レベルはどんどん高まり、最終的には他社との差異が無くなっていく。これをコモディティ化と呼ぶが、こうなると商品を手にとってもらえなくなるので、今度は個性を明確にするために工業デザインの力が再び必要になる。


  使いやすく美しいデザインは、商品が一般化するほど効果がある。現在のドイツやイタリアがデザイン大国として大成したのは、第二次世界大戦後の荒廃から立ち直るために、国策としてデザインに力を入れ、大量生産しやすい日用品に対して、デザインによって商品力を高めるという方針をとったからである。


  ハルトムート・エスリンガーは、奇しくも1944年にドイツのアルテンシュタイクに生まれた。彼こそが、戦後に華開くデジタルデザインの申し子だ。


  シュトゥットガルト大学で電気工学を学び、その後別の大学で工業デザインを学ぶ。キャリアを初めてすぐにデザイン賞を獲得するほど才能に溢れていたが、特に優れた能力を発揮したのが〈デザイン・コンサルティング〉だった。


  戦後の混乱期も終わり、進化するテクノロジーによって社会構造自体が大きく変化していく時代にあって、モノの形や表現の違いだけでは商売にならない。商品のコンセプトや企業のイメージ、そして哲学まで評価されなければ、商品が売れなくなってきたのだ。それらを全てひっくるめて全体的複合的にデザインするのが、デザイン・コンサルティングの仕事であり、エスリンガーはここで実力を発揮した。


  1975年にソニーの仕事を始め、世界的グッドデザインカンパニーへと発展する上で大きな力を与えた。1982年にはデザイン・コンサルティング会社「フロッグデザイン(FROGDESIGN)」を立ち上げるが、FROGとはカエルという意味だけでなく、Federal Republic Of Germany(ドイツ連邦共和国=西ドイツ)の頭文字も含まれている。


  彼らは急速に発展していくアメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーに拠点を移し、コンピューター産業との繋がりを深めていく。1984年に発表したアップル・コンピューター「apple UC」は、その後のコンピューターのデザインの方向を決定つけたと言っても過言ではないほどの傑作だ。 今やデザインに投資を行わない企業は生き残ることはできない。もちろん使い勝手に優れていなければならないし、機能性を犠牲にすることは許されない。しかし、デザインに求められている最も大切な要素は、“受け手の感情を刺激する”ことにある。モノがあふれる時代だからこそ、面白いコンセプト、珍しい形状、美しいフォルムで、ユーザーの心を掴まなくてはいけないのだ。


  エスリンガーは様々な企業でそれを実践し、大きな効果を上げてきた。多くの企業がデザインを重視するようになったのは、彼の活躍があったからと言っても過言ではないだろう。


  しかしそれほどまでに偉大な工業デザイナーが、なぜドイツの小さな時計ブランドと組んで「rana」という時計を作ったのだろうか? 次ペーシではその物語について語っていこう。



ハルトムット・エスリンガーハルトムット・エスリンガー_1944年ドイツ・アルテンシュタイク生まれ。工業デザイナーとして活躍し、フロッグデザインを創業。ソニーやアップル・コンピューター、ルフト・ハンザ航空、ルイ・ヴィトンのデザイン・コンサルティングを手掛け、多くの作品が美術館の永久所蔵品となっている。現在は上海視覚芸術学院の教授としても活動。
  • アップル・コンピューターにおける「スノーホワイト」戦略
  • スティーブ・ジョブスが立ち上げた「NeXT」
  • 「オリンパス」のデジタルカメラ
  • ソニーのテレビ「トリニトロン」
  • 【1】彼の名を一躍有名にしたのが、アップル・コンピューターにおける「スノーホワイト」戦略。白いキューブ状のデザインは、コンピューターという実用品であっても、性能だけでなく見た目の美しさも、大切な要素になることを示した。写真は「MAC SE thin1」1987年から発売された。
    【2】 赤字経営がたたり、アップル・コンピューターを放逐されたスティーブ・ジョブスが立ち上げた「NeXT」でもエスリンガーは活躍。ボックス型の筺体が美しい。
    【3】フィルムからデジタルへの転換期に登場した「オリンパス」のデジタルカメラ。カメラとしての要素を残しつつ、デフォルメしたケースによって新時代をイメージさせる。
    【4】 「ソニー」とエスリンガーの仕事といえば、テレビ「トリニトロン」が有名。1984年に生まれたこの作品は、フラットな画面を生かしたスクエアなフォルムが特徴。